40Hzの音で、脳のリズムに働きかける

ガンマ波研究から見えてきた「その人の脳に合わせる」という新しい可能性

私たちが音や音楽を聴いているとき、脳の中ではさまざまな神経活動が起こっています。
好きな音楽を聴いて心が動いたり、一定のリズムに自然と身体が反応したり。音が私たちに与える影響には、感情や記憶、経験など、さまざまなものが関わっています。
そして今、音と脳の研究では、さらに細かな世界が調べられています。

音の「周期」に合わせて、脳の神経活動もリズムを刻むことがある。

この現象を利用して脳に働きかけようとしているのが、近年注目されている40Hz(ヘルツ)とガンマ波の研究です。
そして研究が進んだ現在、さらに興味深い問いが生まれています。

「すべての人に同じ40Hzを届けることが、最適なのだろうか?」
40Hzから始まった研究は今、「刺激を受けた一人ひとりの脳が、実際にどう反応しているのか」を見る方向へも進み始めています。

脳にも「リズム」がある

脳の中では、多くの神経細胞が電気的な活動をしています。
その活動にはさまざまな周期があり、その一つが**ガンマ帯域の神経振動(gamma oscillations)**です。
ガンマ帯域の周波数の区切り方は研究によって異なりますが、おおむね30Hz以上の速い神経活動を指し、知覚や注意、記憶など、脳が情報を処理するときの働きとの関係が研究されています。
また、アルツハイマー病では、このガンマ帯域の活動に変化がみられることも報告されています。
そこで研究者たちが着目したのが、

「外から一定のリズムを届けることで、脳内の神経活動にも働きかけられるのではないか」

という可能性でした。
その代表的な周波数として研究されてきたのが、40Hzです。

1秒間に40回」のリズム

40Hzとは、1秒間に40回繰り返される周期のことです。
研究では、40Hzで点滅する光を見たり、40Hzの周期をもつ音響刺激を聴いたりしたとき、脳の神経活動がどのように反応するのかが調べられています。
こうした外部の周期的な刺激に神経活動が引き込まれる現象は、以前の記事でもご紹介した
-エントレインメント(entrainment/同調・同期)-
と呼ばれます。
ただ、今研究者たちが見ているのは、「音を聴いてどんな気分になったか」だけではありません。

音がもつ時間的なパターンに、脳の神経活動がどのように反応するのか。
そこまで細かく観察しようとしているのです。

大きなきっかけとなったアルツハイマー病研究

40Hz研究が大きく注目されるきっかけの一つとなったのが、アルツハイマー病モデルのマウスを使った研究です。
2016年に『Nature』に発表された研究では、40Hzの光刺激によってガンマ帯域の神経活動を誘導し、アルツハイマー病モデルマウスの視覚野でアミロイドβの減少やプラーク量の変化などが観察されました。
その後、研究は「音」へも広がっていきます。

2019年に『Cell』に発表された研究では、40Hzの聴覚刺激によって聴覚野だけでなく海馬でもガンマ活動が誘導されました。
アルツハイマー病モデルマウスでは、7日間の聴覚刺激後に聴覚野や海馬のアミロイド量が減少し、空間記憶や物体認識記憶にも変化がみられました。
さらに光と音を組み合わせた刺激では、より広い脳領域への影響も報告されています。

こうした感覚刺激によってガンマ活動を誘導する方法は、-GENUS(Gamma ENtrainment Using Sensory stimulation)-と呼ばれています。
薬とは異なる方法で、目や耳から入る感覚刺激を通して脳の神経活動に働きかける。
この発想から、40Hz研究は大きく広がっていきました。

研究は「人の脳」へ

動物研究から始まった40Hz研究は、現在では人を対象とした研究へと広がっています。
2022年に発表された研究では、認知機能が正常な人や軽度アルツハイマー病の人などを対象とした初期研究に加え、軽度アルツハイマー病の人15人を対象とした小規模なランダム化パイロット研究が行われました。
40Hzの光と音による刺激によって、人の脳でも40Hzのエントレインメントが確認されています。
3か月間毎日刺激を受けたグループでは、対照群と比較して脳萎縮や脳領域間の機能的なつながり、記憶課題、日常活動のリズムなどに違いがみられました。
ここで得られた結果をもとに、より大きな臨床研究へと検証が進められています。

「脳が40Hzの刺激に反応する」という現象が、長期的な脳の変化や認知機能とどのようにつながっていくのか。

研究は、その先を確かめる段階へ進んでいます。

40Hzを「音楽」に組み込む研究も

「40Hzの音」と聞くと、40Hzという低い音を鳴らし続けるものを想像するかもしれません。
しかし、研究で使われている聴覚刺激には、さまざまな方法があります。
その一つが、聞こえる音の大きさを-1秒間に40回の周期で細かく変化させる「40Hz振幅変調」-です。

そして近年、この40Hzの周期を音楽そのものに組み込む研究も行われています。
2025年に日本から報告された研究では、65歳以上の健康な高齢者を対象に、ポピュラー音楽のボーカルと伴奏を分離し、それぞれに40Hzの振幅変調を加えた音源が使用されました。
参加者はスマートフォンとイヤホン・ヘッドホンを使い、自宅で28日間その音楽を聴き、安全性や受け入れやすさ、継続のしやすさなどが調べられました。
研究室の中で特殊な刺激音を聴くだけではなく、

普段楽しめる音楽の中に、脳へ届けたい時間的なリズムを組み込む。

音と脳の研究は、そんな日常に近い形にも広がり始めています。

2026年、「40Hz固定」から一歩先へ

ここからが、40Hz研究のさらに興味深い部分です。
2026年4月、『GeroScience』に早期アルツハイマー病の人を対象とした研究が発表されました。
この研究は16人が12週間の介入を完了した小規模なパイロット研究で、使用されたのは光刺激です。
特徴的なのは、全員に同じ40Hzを届けるのではなく、参加者一人ひとりについて刺激への反応を調べ、32〜40Hzの範囲から個別に最適化したガンマ周波数を使用したことです。

つまり、
「40Hzだから刺激する」のではなく、「その人の脳がどの周波数に反応するのか」を見て刺激する。
という考え方が取り入れられました。

そ12週間後、脳の反応は参加者全員で同じではありませんでした。
ガンマ活動の中心周波数が上昇した人は43.8%、上昇しなかった、あるいは低下した人は56.3%。
さらに研究者たちは、刺激を始める前の脳にも注目しています。
後に反応を示した人では、刺激前から側頭部のガンマ活動や前頭―側頭領域の機能的なつながりに特徴がみられました。
また、この研究では候補者として調べた人のうち約3割が、最初の段階で十分なエントレインメントを示さなかったことも報告されています。

同じような刺激を届けても、脳の受け取り方は同じではない。

「刺激そのもの」だけではなく、「刺激を受け取る側の脳」まで研究対象になってきたのです。

「その人の脳がどう反応したか」を見ながら調整する

さらに2026年5月には、この考え方をもう一段進めた臨床試験が始まっています。
アルツハイマー病の人90人を予定しているこの研究では、

・固定された40Hzの光+音刺激
・EEGの反応をリアルタイムに確認しながら刺激パラメータを調整する光+音刺激
・比較のための偽刺激

という3つのグループを比較します。
1日60分、6か月間の刺激を行い、認知機能だけでなく、EEG、MRIなどの脳画像、血液中のアルツハイマー病関連バイオマーカー、アミロイドPETやタウPETなども調べる計画です。

この臨床試験は現在進行中、結果はまだこれからという地点になります。
けれど、その研究設計そのものに興味深い変化があります。

刺激を届ける。
脳の反応を見る。
その反応をもとに刺激を調整する。

「何を届けたか」だけではなく、「脳がどう受け取ったか」を次の刺激に反映させる。
そんな閉ループ(クローズドループ)型の研究へと進み始めています。

40Hz」という数字から、「その人の脳」へ

こうして研究の流れを追っていくと、とても興味深い変化が見えてきます。
はじめは、
「40Hzの刺激を与えると、脳で何が起こるのか?」
という問いでした。

そこから、
「人間の脳も40Hzに同期するのか?」

さらに、
「同じような刺激でも、人によって反応が違うのではないか?」

そして現在は、
「その人の脳の反応を見ながら、刺激そのものを調整できないか?」
という問いへ。

研究が進むほど、答えが単純になるのではなく、むしろ一人ひとりの脳を見る方向へ細かくなっているのです。

「何を聴くか」から、「脳がどう受け取るか」へ

音楽には、メロディーがあります。
ハーモニーがあります。
リズムがあり、そこに記憶や経験、感情も重なります。
そして音には、もう一つ、時間の構造があります。

脳にもまた、神経活動のリズムがあります。

40Hz・ガンマ波研究が探っているのは、
外から届く音や光のリズムと、脳の中にあるリズムが出会ったとき、何が起こるのか。
という世界です。
そして、その問いは今、
「どの音が良いのか」だけではなく、
どんな状態の脳に、どんな刺激を、どのように届けるのか。
さらに、
その瞬間、その人の脳はどう反応しているのか。
というところまで広がっています。

音の作用を一律に考えるのではなく、一人ひとりの脳の状態や反応まで見ながら、音や感覚刺激を考えていく。
40Hz・ガンマ波をめぐる研究は、音と脳の科学が少しずつそんな世界へ近づいていることを感じさせてくれます。

音は、ただ「聞こえるもの」ではなく、脳の時間と出会う刺激でもある。
そして、その出会い方は一人ひとり違うのかもしれません。
科学は今、その違いまで測り、次の刺激へつなげようとしています。

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参考文献・出典

  1. Iaccarino HF, Singer AC, Martorell AJ, et al.
    Gamma frequency entrainment attenuates amyloid load and modifies microglia.
    Nature. 2016;540(7632):230–235.
    doi: 10.1038/nature20587
    PMID: 27929004
  2. Martorell AJ, Paulson AL, Suk HJ, et al.
    Multi-sensory Gamma Stimulation Ameliorates Alzheimer’s-Associated Pathology and Improves Cognition.
    Cell. 2019;177(2):256–271.e22.
    doi: 10.1016/j.cell.2019.02.014
    PMID: 30879788
  3. Chan D, Suk HJ, Jackson BL, et al.
    Gamma frequency sensory stimulation in mild probable Alzheimer’s dementia patients: Results of feasibility and pilot studies.
    PLOS ONE. 2022;17(12):e0278412.
    doi: 10.1371/journal.pone.0278412
    PMID: 36454969
  4. Sato S, Maeda K, Chinen H, et al.
    Evaluation of Safety and Acceptability of 40 Hz Amplitude-Modulated Auditory Stimulation in Healthy Older People: A Prospective Study from Japan.
    Healthcare. 2025;13(20):2638.
    doi: 10.3390/healthcare13202638
    PMID: 41154316
  5. Park Y, Chae H, Yoon E, et al.
    Restoration of gamma center frequency via personalized entrainment marks cognitive preservation in early Alzheimer’s disease.
    GeroScience. 2026.
    doi: 10.1007/s11357-026-02235-6
  6. ClinicalTrials.gov. NCT07618481.
    EEG-Based Non-Invasive Brain-Computer Interface Combined With 40Hz Audio-Visual Stimulation for Cognitive Function in Patients With Alzheimer’s Disease: A Randomized Double-Blind Controlled Study.
    20265月開始。固定40Hz光・音刺激、EEGフィードバックを用いた個別化・閉ループ光・音刺激、偽刺激を比較する臨床試験。20268月確認時点で参加者募集中。

NotebookLM(Gemini)解説動画はこちら

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